みなさんこんにちは!
欠点だらけの激うまバインミーの島田大輝です!
できない事しかない。
というわけで今回は、人の欠点は良く見えるのに、自分の欠点はあまり見えないというお話をさせて頂ければと思います!
僕は冒頭に書いたとおり、欠点だらけなのは自覚してますし、普通の人ができることができないというか、わりと要領が悪いタイプです。笑
それでもきっと自覚している以上に僕の欠点は僕で見えていないと思います。
また、他人のダメなところってよく目につきますよね。笑
そしてなんで自分で気がつかないんだろうって不思議に感じたことはみなさんも多々あると思います。
なので今日は、なんでそうなるのか深掘りして考えてみたいと思います。
まず、他人に厳しく、自分に甘くなるという視点から、他人の悪いところってその結果しか見えずに、細かな理由はあまり外から見えてきません。
例えば誰かが30分の遅刻をしたとします。
周りからは時間にルーズな人だなと感じる一方で、本人にとっては電車が遅延したかもしれませんし、家庭や仕事の状況でどうしても時間がかかったかもしれません。
もし自分が遅刻した側であれば、電車のせいですし、家庭や仕事でどうしてもしょうがないと割り切れるかもしれません。
自分視点ではどうしようもないことですからね。
このようなことって色んなパターンでもありそうです。
特に、他人の評価は第三者目線で見れるので、例えば接客をする際の愛想の良さ、表情、仕草の丁寧さなどは、自分で自分を見ることはできないので、他人の方が自分のことをよく見えています。
もちろん見えるのは外見のみですが、接客において外見は印象の多くを占めています。
なので、接客をするうえでは自分が笑顔のつもりでも、他人から見ると不愛想に映るという事もきっと多くあると思うので、自分ではできていると思っていても、周りからの評価は悪いとという事にもなってしまいます。
このあたりの目線の違いも、自分と周りの評価が変わる要因の一つになりますね。
さらに、人からの評価って自分のことになると何となく腹立たしい気持ちになりやすいというのがあって、他人から自分の欠点を指摘されると言い返したくなる気持ちになりますよね。笑
でも友人とその場にいない第三者についての評価をするような話って、それがちょっとひどい話でも、自分に言われるよりは心が動くことはそんなにないと思います。
またその評価に偏りが大きくあったとしても、その場では話を合わせるという事もあるのではないでしょうか。
もしこれが自分の話であれば、多くの人は言い返すと思います。
でも実は偏った評価でも、少しその意見を取り入れたら改善の一歩になるかもしれませんし、同じように思っている人は何人かいるかもしれません。
何なら偏っているのは自分で、周りが正しいことだってよくあることです。
それでも自分のことになると見えなくなったり、見ようとしなかったりしてしまうのです。
このあたりの自分の事であれば気持ちが大きく動きやすいというのも、自分自身と他人から見えている評価の違いに繋がってくるのだという気もします。
僕は外出をするときに、色んな飲食店を見て、自分だったらどうするかなというのをよく考えます。
特にこのお店はここが良くないから、こうやったらうまくいくのになとか、ちょっと偉そうに考えたりもします。笑
でもよく考えると自分のお店はそれらができていないことも多々あるのです。
よく考えないとわからないのは、やった方がいいことはわかっていても、どこか言い訳を先に考えてしまって、あえてやっていないんだと自分に言い聞かせているからだと思います。
それで問題解決した気になって、そのうち忘れてしまうという感じですね。。
そう思うと、ちゃんと自分を見つめなおしたり、他者からの評価をたくさん聞いて、それらを反論はせずに一度は素直に受け止めて肯定してみるという気持ちでいた方がいいかもしれません。
なので僕もこれからもっと他人の意見をちゃんと正しく取り入れていきたいなと思います。。
よければ色々皆さまからのお言葉をお待ちしております!
というわけで今回も読んでいただきありがとうございました!
また明日もどうぞよろしくお願いいたします!
では!
